発酵という生命現象。微生物によるその原始の生の姿や変容をよむ。そもそも、発酵に興味を抱いたのは、数年まえ、九州の焼酎メーカーの集まりに参加したときのことだった。麹菌と麦や芋などの原材料を仕込んだ醪(もろみ)のなかでは、どのような発酵の響きが渦巻いているのだろうと想像したのである。
じっさいに、醪のなかの微生物の声をきいてみようと、特殊に養生した水中マイクを試作し、そのマイクを持参して焼酎の蔵元を訪ねてみた。そして、発酵の現場となる醪のなかにしずかに沈めたときに、マイクを通じたその発酵する響きは、じっと聴き入りたくなるくらいに心地いいものだった。
この発酵の響きの心地よさは、たんに生命体が発するからだけではなく、その生命活動を成り立たせる場、あるいは器としての「甕」という存在も大きいように思えた。つまり、微生物がさまざまに排出する炭酸ガスや温度の変化によって甕のなかに対流運動が起こり、その流体のうねりが心地よい周期を生みだしているように思えたのである。生命を育む環境としての「甕」と発酵という微生物の生命維持メカニズムとの相互性のなかにミクロな生態系が現れる。
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